日曜日, 5月 08, 2011

広報委員発動!

五月だもん、もうすっかり暑くなるのかと思いきや、このところちょっと肌寒かったりする日が続いてる・・・。
雨も多いし・・・。

なかなかすっきりとした気分になれないなー。。。
でも、今日は五月晴れかな?
さわやかだ。。。

息子の入学した高校でPTAの委員決めの時、小学校や中学校よりずっと楽だからと言われ、広報委員というものをついつい引き受けてしまった私・・・。

昨日、委員会があり、委員長よりいろいろな説明を受けてびっくり・・・。

「委員会は一年間、ほぼ毎週土曜日にあると思って下さい。」とのお言葉にただ呆然。
「ま、毎週・・・?」

しかも、さまざまな学校行事の取材というか主にカメラでの撮影なんだけど、それを撮ったらPTA専用のパソコンにファイルを作って保存し、それを編集すると言うのだけど・・・。
デジカメがだいぶ前に壊れて以来買ってもいないし、私の携帯のカメラは画質が悪くぼやけてしまうので、とても広報誌に載せられそうな写真はとれるはずもなく・・・。

そして、
「この中で、パソコンが得意な方いらっしゃいますか?」と委員長がみんなに呼びかけると・・・。
「し~ん・・・・・。」
「えっ?誰もいないですか?」と委員長さんが苦笑い・・・。

それなら、委員決めの時に広報委員はパソコンが得意じゃなきゃ駄目だと言ってくれれば良かったのに・・・。
(まぁ、それを言ったら、ただでさえ決まらない委員が余計に決まらないのかもしれないけどさー。)

どうなることやら?

でも、前向きに考えたら、今まで自己流でテキトーにやってたワードやエクセルの技術も向上するのかも?

頑張ってみましょうかね?








水曜日, 5月 04, 2011

五月も大好き!

秋が大好きな私だけど、五月も次に大好き!

今日はぽかぽか陽気ではあるものの、ちょっぴりひんやりもしてて気持ちが良い~。
春から初夏になる頃、ほんと気持ちが良いなぁ~。

去年の夏は私の中では生まれてこのかた一番熱かったような気がするけど、今年はどうだろう?
東北大地震の影響で節電しなければならない今年は我が家だけではなくおそらくどこも暑いはず・・・。

我が家ももとから電気代節約のためにあまりクーラーは使わないけれど、去年はあまりの暑さについつい使ってしまい、ものすごい電気代となり真っ青になったっけ。。。

今年はもう一台扇風機を買おうかな?
クーラーよりは電気代かからないのじゃ・・・?

でも、もしかしたら、全国のみんなが節電でクーラーを使わなっかたら・・・、もしかしたら涼しかったりして・・・?
な~んてね・・・。

職場はもちろん節電で、送風がごくたまに入るだけで、もうすでに暑い。
昨日、お客の初老の女性に、
「上着を来たままだから、ほんとこの中、暑いわね。」と言われ、
「節電で・・・。」と恐る恐る答えると、
「仕方ないわね。まぁ協力するわ。」と笑顔で一言。
(去年までだと、もっとクーラー強くしろと言われるところだけどね。)

原子力発電にはもうあまり頼れないわけで、暑さ寒さに頑張って耐えなくちゃ・・・。

石原都知事が言うように、かなりの熱を放出していそうな自動販売機を減らしたり、電気を相当食っているはずのパチンコ屋さんも減らして、コンビニは24時間も営業しないで、デパートやスーパーは昔のように夜は早めに終わって、年中無休はやめて月に一回くらいの休館日を作り、電車も本数を減らしたり・・・と努力すれば、だいぶ電気の節約はできそうな気がするな・・・。

もうすぐやって来る暑~い夏・・・、乗り切れるかな・・・???


土曜日, 4月 23, 2011

ヘルパー2級・修了証届く!

今日は雨が降ったりやんだり、弱くなったり強くなったり・・・で、変なお天気だ。

ベランダ側のサッシから外を覗いたら、雨はやんだように見えたので、いつもどおり走るために支度をして外に出てみるとちょっと雨がパラパラ状態。
走ろうか戻ろうか・・・?

小雨だから、まっ良いっかぁ~なんて迷いながらも走り始めたが、しばらくしたら、ざーぁぁぁっっっと音をたてて雨足が強くなり、走り続けるのかそれとも戻るのか、またまた迷いながらそのまま走り続ける。
またしばらくしたら、雨が弱くなり、ほっとしてるとまたまた強くなる。
その繰り返しで、結局、通常通り走り終える事にはなったが、雨がウエアやシューズに染みこみ、不快感と共に重みを増して、走りにくいったらありゃしない・・・。

帰宅後すぐにシャワーを浴びて、息子のお弁当作って、朝御飯の支度や洗濯を終え、ソファに座るといつもの様にだんだん眠くなりウトウト・・・。

「ピンポ~ん。」インターホンがなり、出てみると郵便屋さんが立っている。
「書留です。」と郵便屋さん。
「もしかして・・・。」そう思いながら受け取って封筒をあけてみるとやっぱり・・・。
それは、ついについに待ちに待ったヘルパー2級の修了証の入った封筒だったのだ。

これで晴れて正式にヘルパー2級となった私・・・。
あとは経験かぁ。。。

経験3年で介護福祉士の国家試験が受けられる。
3年後、どうしてるだろう???
早く介護職を見つけなきゃ・・・なのだー。。。





土曜日, 4月 16, 2011

ついに実習完了の巻!

介護ヘルパー2級の資格を取るための講習をクリア後、5日間の実習がついについに終わった。

本当なら3月の前半にすべての実習が終わるはずだったが、あの大地震で予定が狂っってしまった。

あの大地震の翌日と翌々日が最後の施設実習となっていて・・・。
あの大地震の翌日、疑心暗鬼の中、とりあえず準備をしてその施設に行ってみたのだけど、案の定、実習生を受け入れる場合じゃないとの事で丁重に断られ、実習は二日間ともキャンセルとなった。

週明けにその旨の報告と振替を頼むべく所属の事務所に電話するもなかなかつながらず、数日後やっと電話がつながったものの混乱している状態の様で、まだまだ予定は組めないとの事・・・。
結局、その会社からの電話連絡をしばらく待つ事になったのだが、その後いつまでたってもかかってくる気配がなかった。

(このまま、連絡がない状態が続けば、あっという間にゴールデンウイークに突入し、気持も途切れてしまう・・・。)

そう言えば・・・?
実習がすでに終わったかつての仲間からのメールで、電話するより直接事務所に行った方が早いよ!との助言があったっけ。。。

やっぱ、待っててもらちが明かないし、電話したところで調整がつかなければこれまたらちがあかない。。。
そう思い立つといてもたってもいられず、仕事が早く終わる金曜日に思い切って事務所に直接行ってみる事にした。
いざ行ってみると、事務所全体が節電のため薄暗くしてあったので、一瞬、やっていないのかと不安になったが、受付から、デスクに座っている人に声をかけてみた。
私に気づいて「何か?」と出て来た職員・・・。

そのお方・・・、何と最後の最後の講習の際、実習での心構えや持ち物などの説明をしてくれた超厳しい先生・・・。
少し緊張気味に連絡が来ないので直接伺った事を伝えると快く対応してくれて、私が土日にこだわらず、公休の水曜日とその前後でも良いとの妥協案を伝えると、それだったらと、施設実習先として新しく加わった施設を紹介してくれた。

「その施設なら、一番早くて来週の水木、次にその次の週の火水か水木、あとは5月のゴールデンウイーク明けの水曜日とその翌週の水曜日とかありますけど、検討して週明けの月曜日に連絡下さい。」
そう言われ、帰宅早々に仕事のシフト表を見ながら、休めそうな日を検討して日程を決めた。

そんなこんなで、おとといとその前の日についにその施設で実習を終え・・・。

実際に行ったその施設はグループホームと言われる比較的軽い認知症の方がアットホームな環境で暮らしているところで、重度と思われる方が約2名いたが、それ以外は認知症ではあるけれどそれほど問題のなさそうなご老人ばかりだった。

私は実習生なので、基本的にはお年寄りたちとの会話と見守りが中心。
80代と90代のおばあちゃんたちとお話したり、昔の童謡や流行歌を歌ったり・・・、昼食やおやつ、夕食などの配膳や片づけ、重度の方に食事介助をしたり、職員の方がする排泄介助の見学や体温計を配って測ってもらったり、血圧を測ったり・・・。
みんな気さくな方ばかりだったし、ケアマネージャーの方も優しい方だったので、とっても楽しい二日間だった。

最初に決まっていた施設の有料老人ホームは、以前デイケアの施設で一緒になった実習生に「超大変だよ。」とさんざん脅かされていたので超びびっていたのだけど、行き先が変わった上に超楽だったので、ほんと一安心。

これでやっと、延べ8日間の講習と延べ5日間の実習をクリアした。

あとは、修了証が届いたら念願の資格取得となる。

長かったような短かったような・・・。

これからは、仕事先が見つかるかどうか・・・?
もし見つかったとして、続けられるかどうか・・・?

未経験のおばさんを雇ってくれるところはあるかしら?
あったとして、こわそうーなベテランたちに耐えられるか?
排泄介助など実際に耐えられるか?
そこの利用者達との相性はあうか?

などなど・・・、不安はつのる・・・のだった。。。





木曜日, 4月 07, 2011

高校入学!&お決まりの委員決めだべし!!

桜が満開に咲き、昨日と同様とても暖かい今日、息子の高校の入学式を迎え、ホッとしたのでありました。

入学式を終えると、そのまま保護者会になり、PTAの委員決めが始まると言う。
そう知るやいなやどやどやと約半分の保護者が立ちあがり帰ってしまった。
唖然とする私達夫婦も一瞬帰ろうかと迷ったのだけど、そこで帰るのも何だか気が引けるので、結局残る事に・・・。

クラスごとに分かれ、保護者会が始まった。
六つのクラスの輪ができて、保護者みんながうつむき加減で、じっとしている。
「し~~~~~んんん。。。」

案の定、現PTAの役員の方々の進行により委員決めが始まったのだけど、すんなりとは決まらない。
「小中学校とは違い、高校は時間的にもそれほど大変じゃないですよ。」と懸命に呼び掛けるPTAの役員たち・・・。

そのうち、いかにも・・・という方が、学年委員を引き受けると手を挙げた。
(一人、決まった。。。)

しかし、次がなかなか手が挙がらない・・・。
そのうち、この間の入学説明会の時に書いたPTA委員についてのアンケートを見ながら、PTA副会長が私の名前を呼んだ。
(あ~ぁ、呼ばれちゃった・・・。)

とっさに
「小学校でも委員をやらなければならないし、仕事もしているし、時間的になかなか無理だと思うのですが。。。」と答えると、
「いえいえ、そんなに時間的に大変ではないですよ。」とあっさり言われ、
つい・・・、
「じゃぁ、広報委員をやります。。。」と、言ってしまった私・・・。
(トホホ・・・、引き受けちゃった。。。あ~ぁ、知ぃ~らないんだぁー、知らないんだぁ=)

その後、次々に手を挙げる方が続出し、あっという間にすべての委員が決まり、良かったんだか悪かったんだか・・・。
果たして、時間的に出来るんだろうか・・・?
後悔先に立たず・・・。

まっ、良いかっ、頑張るとしましょう!!!






日曜日, 4月 03, 2011

花冷え。。。

花冷えってやつ?
昨日、おととい、やっと春が来たぁ~なんて思ったのもつかの間、今日はまた超寒い。

この二年間、足を痛めたりしない限り、ほぼ毎朝走っていたのにあの大地震以来、何か恐くて約3週間ほとんど走っていなかった。

いつだか一日くらい走った気もするけど、恐怖の他に寒さと朝寝ていたいと思う甘えもあってこれまでサボってしまった。
途中、ものすごく太ったのでかなりあせったのだけど、そのピークを過ぎたら、なぜだか急にやせたので、そのまま走らないままになっていた・・・。

そして、今朝久々に走ってみたら、やはり、久々とあって体が重い。
そして、昨日とは打って変わってこの寒さ・・・。
その上、たぶん花粉のせいだと思うけど、のどがすごく痛くなった。
この2~3週間ずっと咳が出続けていて、痰が出まくりなのは、風邪じゃなくて花粉症なのかなー?

明日からまたがんばって毎朝走らなくちゃだわ・・・。

ところで、地震で保留になっていたヘルパー2級取得のための最後の実習がようやく来週実現しそうだ。それさえ終われば、資格がようやく取れるのだけど・・・。

それから、しばらく絵も描く時間もなかったのだけど、少し前向きに頑張ってみようかと思う今日この頃だ。
そんなに甘くもないだろうけど、やっぱり絵のお仕事もしたい。。。
だめもとで簡単なチラシでも作ってあちらこちらの出版社に送ってみようかな?と思っている。。。

今のパートにヘルパーの仕事にイラストのお仕事でもちらほらあったら理想かも・・・。

気がつけばもう4月・・・。
一年もすでに3か月が過ぎてしまった。

あの大地震で、津波で、ある日突然、命を奪われた人々・・・。

私とていつ命がなくなるかもしれず、改めて・・・、今を精いっぱい生きなきゃ・・・と思う。
恥も外聞もどうでも良い。
おばあさんになる前に、やりたい事をいっぱいやっておかなきゃ・・・、つくづくそう思う。

ふつーに暮らせる幸せ・・・、びんぼーでもふつーに生きている幸せ・・・。
あの大地震が気づかせてくれた。。。



金曜日, 4月 01, 2011

納豆、ヨーグルト品薄状態

東北関東大震災が起きて、20日が過ぎた。
相変わらず、TVでは原発の話がほとんどだが、いったいどうなっているのか?どうなっていくのか?どうするのか?・・・、未だによくわからない。

地震が起きて、お米やパン、カップ麺、ガソリン、トイレットぺーパー、電池、ミネラルウォーターなどがずっと不足していたが、このところは解消されてきている。
なのに、どこに行っても、納豆とヨーグルトは相変わらず超品薄で、地震以来いっさい食べていない。
ヨーグルトは別に食べなくても良いのだけど、東北出身のだんなは納豆が食べたくて仕方がないそうだ。

私の職場でも開店と同時に朝から並べば、ひとつは手に入る様だけど・・・。
そこまではしたくない様で・・・。

それにしても被災地の復興はいったいどうなるんだろう?
焦っても駄目だけど、もっと急いであげなければ・・・。

先ずは、がれきを処分して・・・、道を作り、輸送をしやすくする事。
当分は仮設住宅で我慢してもらうしかないが、プライバシーを守る意味でも住まいの確保も大量に必要だし・・・、流されたり倒壊してしまった住宅の立て直し、家族を亡くされた方々などの心のケア、やらなければならない事が山積みだ。

東京だって、いつ大地震に襲われるかなんてわからない。

昨日あたりからようやく少し暖かくなり、春を感じるようになった。
余震におびえ、何も手がつかない状態だったが、今日から4月・・・、朝のランニングも再開しよう。
ヘルパー2級の施設実習も地震でキャンセルになり、連絡を待つも一向に連絡がないので、今日仕事が終わってから直接事務所に行って、空いている日程を教えてもらった。

受講仲間に「電話より直接行った方が早いよ。」と言われていたが、確かに話は早かった。
で、只今、仕事先の上司にお願い中だ。

もし、それでOKならどうにか4月中に資格が取れそう・・・。

あ~ぁ、予定通りなら、3月中に取れてたんだけど・・・。

まぁ、仕方がない・・・。
あとは、ヘルパーとして少しでも仕事ができるかどうかだ。




金曜日, 3月 25, 2011

余震、節電、風評

東京はここ数日は大きな余震はないものの、福島や千葉などでは震度5くらいの余震がまだ続いている。

ACのCMだけが流され続ける状況に良い加減にしろーと超うんざりだったが、ようやく他のCMも増えてきて、少しホッとしている。
もっと、企業には夢のある、元気の出る、希望のある新たなCMで、被災者を応援して欲しいと私は思う。

東京電力が節電を呼び掛け、計画停電も実施されている中、私の職場である大手スーパーでもかなりの節電をやっているわけだが、それでもまだ暗くしろ、節電に励めと店長あてにクレームのメールなどが届くと言う。

お年寄りのお客の多い売場では暗くて、色がわからない、値段が見えない、レジの場所がわからないなどとクレームもあり、暗くし過ぎればそれで良いのか・・・、疑問が残る。

数日前に放射能汚染の問題で、水道水を乳児に与えるなという発表を東京都が行って以来、パンやお米、トイレットペーパーなどの買い占めに続き、今度はミネラルウォーターの買い占めに走る人々・・・。

ミルクだけを主食としている乳児に限って・・・と言っているのに、幼児の離乳食にも、大人にも・・・とミネラルウォーターを買いあさる。

ミネラルウォーターの多くは硬水で、ミルクにするには軟水でないと適さず、下痢を引き起こすという事も言われているわけで、乳児になんでもかんでもミネラルウォータを与えるのもどうなのか・・・とも思う。

多分、乳児には母乳が一番良いのでは・・・?

日本人は略奪はしないけれど、自分もしくは、自分の子や自分の孫にだけ良ければ・・・、自分さえ良ければという買いあさりははなはだしい。

かつてのオイルショックで、デマにまどわされた国民がトイレットペーパーを買いあさったりしたが、昔も今もなんら変わらない。
本数制限しても、子供を何人も並ばせたり、親戚に送るとかなどと見え透いたうそを言う図々しい人も多いらしく、売る側も辟易としているばかりだ。

計画停電も格差がひどい。
我が住まい地域では一度も停電になる事もなく、東電のネット上に載ってさえもいない。

どうも大使館や大きな重要施設がある地域では行われる事はないとの事だ。

我が地域には、大使館も多く、有名な政治家もいて、大病院もあり、東電の大規模な社宅や関連会社もあり、おそらくこの先も停電になる事はないだろう。
嬉しいと言えば嬉しいけれど、何となく後ろめたい気もする。

そもそも一番悪いのは東電なのだ。
地震だけが本当に原因なのか・・・?

つい最近も現場で作業していた作業員の方が被爆した。
現場で働いている方々は全て東電の社員ではなく、子会社や孫請け会社の従業員との事で、東電社員は本部やらで指示するばかりの様だし、東電の社員と違い保障などほとんどないとも言われている。

この期に及んで、電力料をまた値上げすると言っている東電・・・。
どういう神経なのかしら?

この一連の放射能漏れがなければ、もっと復興も早まっただろうし、野菜、魚、牛乳、水などの放射能汚染もなかったわけで、それによる被害をみなさんが被る事もなかったし、個人的に言えば、旦那の仕事である撮影業界についてまでも節電しろ、撮影などしている場合かなどと言うクレームに仕事はキャンセル続き・・・。
我が家の収入も悲惨になる一方だ。
どうしてくれるんだぁー。

そんな事ばかり言っていると日本経済はほんとにほんとに悲惨な事になるのだ。
昨日、たまたまつけたBSの番組で、ある俳優がこんな事を言っていた。
「義援金を何十億、何百億といくら集めようとも被災地の復興には何十兆円もかかるわけで、節約しろと何でもかんでもヒステリックに言っていると日本.経済が駄目になってしまう。被災していない国民が一生懸命働いてこそ、復興の足がかりになるのだ。」

東電には実はたいして節電しなくても供給する電力は十分あるらしいとのうわさもある。






yoshinn

土曜日, 3月 19, 2011

~中学卒業~

昨日は、息子の中学の卒業式・・・、ついに中学を卒業した。

義務教育の9年間、良くも悪くもずっと一緒だった保護者たちともこれでお別れだ。
親としても楽しい事、嬉しい事もたくさんあったし、嫌な思いやつらく苦しい思いもたくさんした。

息子の場合は幼稚園が二年間だからそれも含めると11年間・・・、ほんと長かったなぁ~と思う。

特に最初の子だし、最初の子だからこそ、親として一生懸命いろんな事に関わり、関わった分、いがみあいに巻き込まれたり・・・。

高校ももう少し上を狙えたのかもしれないけれど、だんなが陸上をどうしてもやらせたいと言うので陸上部がある事、息子がどうしてもこの区内が良いときかないので区内である事、経済的に苦しい我が家としては都立であり自転車で通える事が条件だったし、まぁ、この高校で上位をめざして頑張って欲しい。

わかってはいたが、都立なので授業料が無償化とは言え、学生服夏冬一式に体育着やらジャージ、指定の上履代、教材費、修学旅行積立金、PTA会費、部活のユニフォーム代などなど、支払いが次から次に押し寄せてくる。

それでも私立に比べれば超ましだけど・・・。
つくづく、ほんと公立に入ってくれて良かったぁ。
それにしても支払いが大変なのだー。

でもでもこの春に小6になる娘がまだいるから、息子が大学に進学した場合、その翌年に娘が高校進学となり・・・、学費が半端じゃないくらい必要となる・・・。

やばい、ためなくちゃだわ・・・。
たまるわけないか・・・。
どうしましょ・・・。


月曜日, 3月 14, 2011

3・11東北関東大震災~大津波~放射能漏れ~計画停電

2011年3月11日(金)14:46・・・、東北の太平洋側を震源地とする大地震発生。

マグニチュードは何度か訂正され、最終的には、9.0・・・。
あの関東大震災より大きいらしい。

いつか、そのうち、大きい地震が来るだろうとは思ってはいたものの、まだまだ先の事と思い込んでいた。
もしかしたら、自分が生きている間には起きないのではとも・・・。

日本では阪神淡路大震災の後はそれほど大きい地震もなかったせいか、このところはもっぱら、ニュージーランド地震の話題で持ち切りだった・・・、そんな矢先、日本でばかでかい地震が唐突に発生した感じだ。

私の場合は、その日は、息子の中学の最後の保護者会であり、仕事先でも年度末までに有給休暇を消化しなくてはならず、お休みをとって珍しく保護者会に出席していた。

まずは14時から全学年の全体会が3階の体育館で行われ、40分後くらいに各学年がそれぞれ指定された場所へと移動となって、3年生は理科室へと案内された。

お茶やお菓子を手渡され、みんなが着席し、これから始まる・・・というその瞬間・・・。
「あっ、地震。。。」
ざわめく声をかき消すかのごとく、揺れはおさまらないどころか、かつて経験した事のないくらいひどい横揺れが続いた。
理科室の机の下に潜り込みながら、すぐ横の窓際に置いてあったビーカーや試験管がガタガタ音を立てながら揺れるのを下に落ちて割れるのではないかと心配しながら、携帯電話を片手に自宅に電話してみる。

息子がもう帰っているはずだし、娘ももしかしたら。。。

そう言えば、いつか消防訓練で地震を体験する機会があったが、まさしくそれに似ていた。
立ってなんかいられない、ただただ、机の脚にしがみついて揺れがおさまるのを待つだけ・・・。

携帯で何度電話をしても、全く通じない。
その場にいた誰もが通じなかった。
仕方なくメールもしたが返信は来ない。
結局、そのメールが夫や息子に届いたのはその2~3時間後だったし、娘の小学校からの集団下校の緊急メールが届いたのもその2~3時間後で・・・、電話もメールも全く役に立たなかった・・・。

帰宅後、NHKのTVで、津波が家々をなぎ倒しながら、破壊しながら、町を飲み込んでいく様をLIVEで、この目で目撃し、絶句した。

津波の破壊力の恐ろしさ、むごさ。

そして、日本の壊滅的状況。
不況が少しうわ向いて来てた矢先だっただけに・・・。

個人的には、だんなの仕事がどうなるのか・・・?
すでに地震のあったその日から数日間予定されていた仕事はキャンセルになり、その後の仕事も全くわからない。
仕事も収入もなくなるのでは・・・?

この東京でも今、ガソリンも食料も何もかもがなくなっている。
物流が滞ってしまっている。

近くのスーパーもコンビニも何もかもが全くなくなり、棚は空っぽだ。

地震による福島の原発の爆発などで電力も不足する事になり、地域毎に停電をする計画停電となる。

ガスの供給もあやういらしいし、そうなれば時機、水道もどうなるか・・・?
インフラがもうやばい・・・。

どうする日本、どうなる日本。

どうする、どうなる、我が家の借金返済・・・。

あと4日後、息子が中学を卒業する。
バブル期を若い頃に経験し、バブルが崩壊した後、息子を妊娠中に阪神淡路大震災が起こり、サリン事件が起こり、超不況が長い間続く中、この大地震が起きて、また大混乱が続く・・・。

ほんとにいったいどうなるのかなー?

木曜日, 3月 10, 2011

ヘルパー2級取得への道=Vol.9

講義や技術学習も終わり、ヘルパー2級を取得するには、あと、実習5日間のみ・・・。

すでに先週、同行訪問の実習の2日間とデイホームでの実習の1日が終わっているので、残すとこ施設での実習の2日間だけとなった。

同行訪問の2日間は、どちらも一時間の予定だったので、不安をよそにあっという間に終わった感じだったし、デイホームでの1日もそれほど大変ではなかったものの・・・。

デイホームと言えば、てっきりお年寄りの社交場的遊戯施設なのかと思っていた私・・・。
けれど、どちらかと言えば、日帰り合宿所って感じで、基本的には団体行動であり、単独行動はあまり許されないって感じで・・・。
自立支援を促すためには仕方がないのだろうけど、少々つまんない感じもした。
でもまぁ、認知症気味の方もちらほらといらっしゃったし、足腰が弱っている方も多かったから、そうせざるをえないのかな?

今週末はいよいよ認知症の方々の施設での実習だ。

かなりハードだと言うから超不安だ。
おまけに2日間ときた・・・。
あー、大丈夫かな?
緊張するなぁ~。。。

わかってはいたけど、お年寄りの介護というものは、やはり超大変なのだぁー。










水曜日, 3月 02, 2011

~祝~ サクラサク!

昨日、ついに我が家の息子が、念願の都立高校に合格した!

自分の時とは違い、これほど子供の受験というものがやきもきするとは・・・。
しかもこの不況のご時世だ。
授業料無償化って事もあり、入学金も超安いという事があり、公立を目指す人も多かったようで・・・。

うちの場合は、とにかく経済的に・・・、絶対的に・・・、私立などへ行かせる余裕は全くなかったので、併願はしないで都立一本で受験に臨んだ。

息子の偏差値あたりと陸上部があり、距離的に近く、同じ区であるなどの条件に当てはまる高校を先ずは三校選び、三者面談などで調整していった。

最終的には確実に合格できる高校を担任の先生と話し合いながら、ある一校に絞り、決定した。

とりあえず推薦も頂いたのだが、な、な、なんと倍率が6倍近く、案の定、不合格・・・。(奇跡は起きなかった。。。)
そして、一般試験・・・、同じ高校にし、再度チャレンジしたのだが・・・、滑り止めもなしだったから、もし、落ちたら・・・と思うと気が気ではなく・・・。
二次がなくはないが、二次で受かるというほどの能力はないし、定時制だってこのご時世じゃ無理だったりする場合だってあるわけで、ほんとマジでヒヤヒヤものだった。

中二から塾に通わせたが、やはり遅かったのは確実だったが・・・、今更後悔しても仕方がなく・・・。

それにしてもほんと合格して良かった、良かった。
昨夜は子供たちに寿司をふるまい、私達両親はおいしいお酒を飲めて、めでたし、めでたし。。。

身内にも連絡をして、ちょっぴり、「お祝い」に期待したりして・・・。

だって、無償化と言ってもその他のものに結構かかるのだから、できるだけ多くお祝い金は頂きたいもの。

入学金は5千円程度から大したことはないけれど、制服代(結構高いのだ。)に教科書代、修学旅行積立金やらPTA会費、体育着類、上履き代などに加え、部費や部のウエア代などなど含めると一気に十数万円が必要になる。

しかしまぁ、私立よりずっとましか・・・。
私立だと入学金の額が違うし、寄付金があったりしたらもうほんと大変なのだし・・・。

ほんとにほんとに都立に受かって万々歳なのでした。。。
息子よ、良く頑張った!!!




日曜日, 2月 27, 2011

ヘルパー2級取得への道=Vol.8

やったぁー!
ついにヘルパー2級講座の8回目を無事終える事ができた。
講座はこれで終了なのだぁー。。。

最初の頃はずいぶん先の事の様に思えたものだけど、終わってみればあっという間だった。

クラスのみんなともわきあいあいで、とてもフレンドリーな空気の中で楽しくできた・・・。
そして、講座6回目あたりで、打ち上げをしようとの意見が出て、最終日に実際にスクールの近くの天狗で打ち上げもできた。

私も含め、全員が、
「こんなに仲良くなれるとは思わなかったね。」と口々に言い合い、講師の方々の話などで超盛り上がったのだった。

あとは、実習を終えられれば、やっと2級の資格が取れるのだけど・・・。

その実習とやらが問題だ・・・。
少しでも遅刻したり、忘れ物があったり、問題行動があれば、
「お帰り下さい。」と言われ、実習は中断されるとの事。。。

「こわ~い。。。」
「どうする?お帰り下さい。って言われたら・・・。」
私と同様、みんな不安でいっぱいそう。

でも、それさえ終われば・・・。

でも、でも、無事に資格がとれたとして、ヘルパーの仕事を実際にする事になったら、もっと緊張しちゃう
わけで・・・。

ほとんどが30代の方々なのだけれど、おばさんの私も仲間に入れてくれて、良かったなぁー。

「実習が終わったらみんなでまた報告会しよう。」と別れた私達・・・。

ヘルパーの資格をとっても介護のお仕事をしない人達がすごく多いとか・・・。
私達はどうなのかなー?
介護のお仕事に関わっていくのかなー?

日曜日, 2月 20, 2011

ヘルパー2級取得への道=Vol.7

ヘルパー2級講座、とうとう7回目。

午前中は今回が初めてとなる講師の講義を少しと全身清拭&足浴の実技を学んだ。
(初めての講師のせいか・・・、やけに早口で・・・、少し戸惑った。。。)

浴衣を着た左麻痺の方の全身清拭という設定で、ペアで、それぞれ利用者とヘルパーになって交互に全身清拭をし合う。(実際に拭き合うのは手だけ。)

必要な物品の準備をしたら、利用者に全身清拭をする事、のどが渇いていないかトイレはどうかなど声かけをし、先ずは枕をずらし浴衣のひもをそっとはずしたら、バスタオルを利用しながら浴衣をそれぞれ開き、バスタオルを仰臥位の体にかけた状態で、健側を脱がせ、患側の袖を肩からはずしてずらしながらヘルパーが脱がせたら、おしぼりの準備をする。

おしぼり用の熱めのお湯でおしぼりを何本か作り、冷めない様にレジ袋に入れてベッドまで持参したら、最初に顔を拭き、その後、手から足に向かってマッサージもしながら拭いていく。(足を拭く時は膝を立ててもらう。)
拭き忘れがちなのが、顔だと小鼻のまわり、手や足だと指の間や関節の裏などで、注意すべき事はプライバシー保持のためバスタオルをずらす度に別のタオルで隠しながら拭く事とおしぼりで拭いた後はこまめに渇いたタオルで拭いていく事だ。

次に側臥位にして背中やおしりなど拭いたら、手早く新しい浴衣の片側の袖を通してかけたら、浴衣の中心線を意識しながら反対側の浴衣を体の下にもぐらせ、反対側にまた側臥位になってもらい、脱がせた浴衣をまるめて取り去り、新しい浴衣を片方に着せていく。(中心線を意識・・・。)

その後、仰臥位に戻して浴衣を襟から整えてひもを結び、背中やおしり部分にしわが寄らないように両サイドに浴衣を引っ張り、足元からも引っ張ったりしながら、着心地が悪くないか十分に気をつける。(しわが寄ったまま寝ていると蓐瘡の原因となる事もある。)
いやぁ~、しかし、かなりの重労働・・・。(腰が痛いっっっ。)

足浴の方は、椅子の手前にビニールを敷き、足元手前側にバスタオルを置いて、足浴用の適温で作ったお湯を入れたバケツとフェイスタオル、軍手を準備する。

ヘルパーの聞き手側に軍手をはめ、軍手をはめていない手で皮膚の状態を確かめながら、足の甲から足の裏やかかとを洗い、軍手を取って足首やふくらはぎにお湯をかけながらマッサージをする。
あとは拭きながらズボンをおろしつつ、足先まで拭いて足浴は終了・・・。

お昼休みには同行訪問する実習先選びと就労相談会があった。

思いの外実習日程が早い。(第1回目の時、実習日は4月頃になるかもと聞いていたのでちょっとびっくりだ。これだと全5回の実習が3月の半ばまでに終わってしまう。)

それぞれ個別に就労相談があったが、希望していたデイケアは運転免許に加え2種免許が必要で無理で、施設は週3日以上勤務可能者のみなので、今の職場を辞めてまで就労する勇気もないから、結局、在宅訪問ヘルパーとして働くしかない事になる。(仕方ないかっ???)

午後は、デイケアや施設なんかで行われるレクレーションを班毎に何案か考えた後、それぞれの案を実践した。思ったより盛り上がり、結構楽しかったが、講師によるとNGとの事・・・。(配置がどうとか言ってたけど、生徒数が足りないのでしょうがないとの事だった。)

残り時間、1時間ほどで、アルツハイマー型認知症の方のビデオを鑑賞し、その感想などみんなで話し合い、この回は終わりとなった。

講座もあと1回・・・。
そして、5日間の実習・・・。(無事こなせるか・・・?ドキドキだ。。。)

それが終わったら、やっとというかついにヘルパー2級の取得となる。
そうしたら、少しづつ・・・、実際にヘルパーとして働こうかと今は思っているけど・・・。
どうかな・・・?
どうなるかな?


日曜日, 2月 13, 2011

ヘルパー2級取得への道=Vol.6

ヘルパー2級講座、6回目・・・。

今回は、午前の部が洗髪介助と入浴介助、午後は排泄介助のおむつ交換の実技が中心だった。

洗髪介助では、ベッド上に寝ている方の洗髪の仕方を学んだ。
45ℓのごみ袋の中に対角線状に折りくるくる巻いたバスタオルをUの字型に入れた物に首を置いてもらい、下のバケツに汚水が流れるような道筋を作って、ペットボトルなどに作った適温のお湯で洗っていく。
いつも通りペアになって、洗われる側と洗う側両方を体験した。
手早く上手に洗ってくれるととっても気持の良いものだと思うが、そうでない場合は頭が冷えたりして不快かも・・・。
必要な物の準備万端さが肝心だし、寒い冬などは特にお湯も冷めやすいし注意しなくちゃだわ。

おむつ交換では実際に大人用おむつをつけて、交換される側を体験・・・。
当然ズボンの上からではあるけど、やっぱりかなり恥ずかしいものだし、気持も悪いと思う。
できるだけトイレで用はたしたいものだとつくづく思った。

一応、子供は二人育てているから、おむつの交換にそれほど抵抗はないものの、子供と違って大人だとどうなのだろうか?

長期、短期の入院経験があるから、おむつをつけた事もあるし、ベッド上で差し込み型便器で用を足した事もあるので、換えてもらう側の気持も痛いほどわかる。

恥ずかしさや情けなさや申し訳なさ・・・。
なかなか出せなかったり、何度も出そうになるのを必死で我慢したり・・・。

そういう事がわかっていたとしてもおそらく匂いや世話の大変さに辟易するかもしれない。

身体介護・・・、ほんと体験すればするほど、大変なお仕事だと思う。





水曜日, 2月 09, 2011

ヘルパー2級取得への道=Vol.5

ヘルパー2級講座もこれで5回目・・・、後半戦に入った。

先ずは、毎度の様にベッドメーキングの練習を手始めに、午前中はぎっしりとテキストに沿った講師による講義、そして午後は、二人ペアになり、車いすと杖の介助の仕方など学んだ。

初回の終わりごろから生徒同士が打ち解け初め、回を重ねるにつれ、だんだんと親しく話すようになってきた。

講師の先生が杖の歩行介助の解説の際、
お年寄りが杖をつく時には杖、片足づつをそれぞれ順に出して三回で前に進むのが普通だが、街中では杖と片足を同時に出し次にもう片足を出して二回で歩く方もよく見かけるとのお話があった。

その後の杖の介助の練習の際に、自分で杖をついてみて、
「先生がさっき言ってたように二回で歩くの、確かに結構歩きやすいかも~。」何気に言った私に対し、
「私は優等生だから、二回で歩く歩き方なんておすすめできないな。」ペアを組んでた女性がぽつりと言った。
「・・・?」(別にすすめるつもりもないし、ふとそう思っただけなんだけどなー?)


人間ってやっぱ、回を重ねて会うごとに、相手のあらが見えてくるもの。

介護する相手とも多分相性ってあるはず。
そう考えると介護するお仕事って、介護技術以上に介護される側との相性がとっても重要なのかも。
相性があわなかったらほんと最悪かもなー。

どんなお仕事も結局のところ、一番大切なのって人間関係なんだよねー。

今の仕事もまる4年になるけど、続いてるのはやっぱ人間関係に特に何の問題もないから・・・だもん。
気が合う相手でさえもちょっとした事でカチンときたりする事もあるものだから・・・。
あまり深く考えない事が一番かっ?

さぁー、あと講座は3回。
次回もがんばらなくっちゃだわ。。。













水曜日, 2月 02, 2011

ヘルパー2級取得への道=Vol.4

ヘルパー2級講座、4回目・・・、講座は半ばにさしかかった。

その日はだんなが教室まで車で送ってくれると言うので、お言葉に甘え送ってもらったおかげでいつもより少し早く着いた。
まだ誰もいない教室へ入るなり、前面のホワイトボードに「ベッドメイキング=シーツ交換の練習をして下さい。」との文字が目に付いたのだけど、果たしてそれって、私達に言ってるのか・・・?、消し忘れたものなのか・・・?

「どんどん、ベッドメイキングの練習をして下さいよ。」と大声で言いながら講師が入って来たので、
「やっぱり、私達にだったんだね。」と、生徒同士、小声で言いあいつつそそくさと練習を始めた。

全員がその練習を終えると矢継ぎ早にテキストのお勉強が始まり、11時頃になると視力障害者への食事介助の実技が始まった。
それぞれペアになってアイマスクなどして視力障害者になる側と介護者側の立場を交互に体験しながらの介助の練習だったり、ベッド上にいる方への食事介助の練習である。

午後は、歯専用のスポンジブラシやそれぞれ持参した歯ブラシで、お互いの歯を磨き合ったり、片麻痺のある方のベッド上での歯磨きの介助を一人一人順番に練習していく。

講師の方によれば・・・、お年寄りのお食事って相当遅いらしく・・・、一人で何人も担当していると限られた時間の中で、数人もこなすというのはほんとに大変らしい。
一人一人にじっくり時間をかけてお食事をして欲しいと思いつつもどうしても焦ってしまうとの事だった。

施設にしろ、在宅にしろ、やっぱ、介護って、つくづく大変なんだと思う。

その日は、レポート1~4までを提出している者に限り、実習5日のうちの3日分の日程を申し込める事になっていて、しかも、平日にお休みが取りにくい我々のために土日中心の日程を組んでくれていたので、さっそく私は3月前半の週末に予定を入れ込んだ。

1回目の講座の時の話では、実習は4月頃かもとの事だったので、実習に必要な胸部レントゲンの診断書は、3月初めに健診が行われ、終わりごろには診断書がもらえる仕事先の物で間に合うかと思っていたが、実習が3月の前半では到底間に合わない。

そこで、今日、近くの医院で、レントゲンをとり、レントゲン料2100円と診断書代3000円を実費で払い、
検便に必要な小為替800円分を購入し手数料として200円を郵便局に支払って、間に合わせる事になったけど・・・、資格とるのもお金がかかるのねぇ~。。。

これから高齢者はどんどん増え続け、介護者はどんどん足りなくなるのは目に見えているのに、もっとそこんとこの経費などなど国が負担すべきではなかろうか・・・?

講座は、あと4回・・・、あと半分かぁ。。。








日曜日, 1月 23, 2011

ヘルパー2級取得への道=Vol.3

ヘルパー2級講座・・・、ようやく3回目を終えた。

今回の午前中は、テキストに沿った講義とパジャマを片手だけで着たり脱いだりして片手のみでの着脱の不自由さを実感してみる授業。

午後は、ベッド上で、寝た状態から体を起こし~端に座らせ~立ち上がらせたり、そこから車いすに座らせたりする練習や浴衣からパジャマへ着せ替える練習などなど・・・、行った。

前回と今回の講師の先生・・・、経験が違うので当たり前ではあるけれど、なんて無駄のない動き・・・、流石だー。
最初の自己紹介で、高校の頃にボランティアでたまたま老人福祉施設へ行き、特に何もやりたい事もなかったとの事で、その施設の方に誘われるまま、福祉の世界に入ったとか・・・。
その後、排泄介助のお仕事をしながら、介護福祉士の国家試験をパスして今に至っているらしいのだけど、見た感じ三十代半ばくらい?、という事は・・・、福祉関係の経験はすでに十数年・・・。
すごいなー・・・。
ほんとに大変なお仕事だとつくづく思う。

すでに50代目前という・・・私、どうかな?老人福祉の世界に果たして飛びこめるか・・・?
あと残る講座は5回と実習が5日かぁ。。。
とにかく今は頑張るのみなのだぁー。



水曜日, 1月 19, 2011

ヘルパー2級取得への道=Vol.2

ヘルパー2級講座第二回目。。。

午前中は、前回の復習も含め、テキスト1に沿った先生の講義を聞いたり、ビデオを観て感想を述べたり、グループ毎に利用者とヘルパーになり切り、テーマに沿った会話を脚本調に考えて発表するなど行った。

午後は、シーツ交換やベッドメイキングなど、利用者がいない場合や利用者が寝ている場合のパターンを何度も順番に練習。

通常のクラスは定員20人程度いる様だが、このクラスは人数が8人ともともと少ない上に、今日は3人もお休みしたので、たった5人で行った。
が、人数が少ない分、多く練習できた気がするし、生徒同士だいぶ打ち解けてきた感じがする。

私以外はみんな、20代~30代後半?
20代はじめの若い女の子、30歳前後の男性が3人、30代の女性が3人・・・。
私だけず~っと年上なので、先生しろ、生徒にしろ、どう思ってるかなー?

まっ良いかっ・・・、次回、、また頑張ろうっと・・・。